カオスにほっとした。ねこと赤ちゃんの生命力。
さあてお通夜だ。Facebookボタンで、悲しいねが押されているのが不思議なほど、死について新しい感覚をいま持っているのを感じているよ。
— 月野 るぴな (@Lupina_) 2017年1月16日
悲しいですね、寂しいですね。 ということの枠に押し込めてしまいたくない。ちゃんと感じてみたい。そんなことを初めて思った、今回のお別れです。 — 月野 るぴな (@Lupina_) 2017年1月16日
お通夜お葬式ともに終わりました。
いろんなこと感じましたけど
なによりも思ったことは
カオスにほっとするんだということ。
まず家に帰ったら
しみじみするかと思いきや
にゃんずが次々に面白いことしてくれて
ひじょうに忙しい。
「おなかすいたにゃーっ」
の催促に応えたあとは
トイレのお世話と片付け。
その最中もいろいろ邪魔もするし
二匹で暴れたりもするし
「なにをしてるんですかあああー」
って何回叫ぶことか。
家についてから小一時間ほどは
ドカッとか
ゴスっとか
どすどす
うにゅ
バーン
ドカドカ
バシッ
みたいな音にまみれております。
ま、毎度のことなんですけどね。
この2日間の後は、ことさらに感じました。
それとね
もうひとつのカオスは
いとこの赤ちゃんが参列していてね。
ときどきむずがって泣くのね。
しーんとしてる中だから
なだめようと一生懸命の若い二人には悪いけど
可愛くってしょうがない。
ニヤニヤしちゃうのね。
身をよじって
真っ赤になって
うぇええーーって叫ぶあの姿はまさに命。
未来を感じるんだな。
神妙な顔つきの大人の中で
赤ん坊だけが自分の時間軸で生きていたね。
ルールやお作法なんて気にもせず
カオスにしてくれる
ネコと赤ちゃんの存在が
ありがたいなあと思うのです。
だってね
みんなで真面目に
規律というレールに乗っかってばかりいたら
わたしなんか窒息しちゃいそうだよ。
赤ちゃんがうるさいとか
動物は邪魔だとか
言い出すような
そんな苦しい社会にはしたくないね。
カオスを許せる
時間と心の余裕を持てますように。