悲しいことのあった日のコーヒー、なんてあったかいんだろ。

 

昨日の悲しいお知らせは

新しい気づきをもらたしてくれた。

このツイートのように。

 

ぼうっとしたまま

わたしのいつもの書斎(スタバ)にゆき

カウンターに座ったら

両隣が若い人だったのね。

 

生きていたら

これくらいの年なのかなあ

なんて想像したら

両隣の知らない若人が愛おしくなって

 

左の女の子は

一口飲むたんびに

「はあー」って

のけぞっているし。

 

(わたしなんぞは

ビールかなにかでもなければ

そんなに美味しそうにできないぞ)

 

右の男の子は

テーブルにいくつかのガジェットを並べて

一生懸命ゲームしてた。

 

両隣の子たちに

 

「うんうん、良かったね。

若くて元気でよかったよ。

いっぱい愉しんでおくれ♪」

 

気づいたらそんな言葉を

心の中でかけてたよ。

 
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なんでもないことが

こんなにも愛おしい。

 

夕暮れの商店街。

春を待つまだ寒い日。

 

昨日と変わらぬ景色が

一変していた。

 

また薄れてしまうであろう

この感覚だけれど

忘れたくないと思った。

 

急いでうちに帰って

ポメリの小麦のような色の背中に

顔をうずめた。

 

にゃーにゃー泣くテオちゃんを

ぎゅうっと抱っこした。

 

いまここにある命。

 
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そして

商店街でお買いものをしてる

表面的には普通に見える人でも

実はなにかがあって

抱えきれない悲しみを

もっているのかもしれないのだなと。

 

そういう優しさを持っていたいって思った。

 


2017-02-26 | Posted in BLOG, Live 生きるって?No Comments » 

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